アジア女性の人身売買



アジアの女性たちに背負わされた二重差別

シェルターから見えたもの


鈴 木 雅 子



 妻を殺した男が執行猶予になり、暴力に耐えかねて夫を殺した女に実刑が下る。このような判例を見聞きする。日常的な殺人未遂・強姦・暴行障害を繰り返す夫が、何の社会的制裁も受けず、女性や子供たちが被害者となってしまうのが現状だ。  

   現在、約20ヶ所の民間シェルター(緊急避難所)が、女性に対する暴力根絶を目指して、地道な活動を続けている。そのようなシェルターを取材する過程で判明したのは、アジア女性に対する差別意識と人身売買の実態だった。

人身売買から家庭内暴力に移行(女性の家「サーラー」)

 外国人女性のための避難施設「女性の家サーラー」が開設されたのは1992年。そもそものきっかけは前年5月に遡る。神奈川県の外国人支援団体にタイから一通のファックスが飛び込んだ。人身売買されたタイ女性救出の依頼である。

 女性が捕まっていた地元の市民団体と協力して、北関東のスナックに売られていたタイ女性を無事救出、帰国させることに成功した。この事件が契機となり、外国人女性のためのシェルター「サーラー」が設立された。

「サーラー」によると、特に1995年を境に女性たちの層が変化してきたという。1996年以降は、売春から逃れた女性ではなく、子供をつれて避難するタイ人やフィリピン女性や多くなった。

 また、サーラーの存在がマスコミなどに取上げられたためか、家庭内暴力に苦しむ日本女性からの相談も多く寄せられるようになり、そこで緊急を要する場合は受け入れを行っているという。

 人身売買による強制売春から逃れた外国人女性の場合、これまでは帰国する例が多かったが、子供を連れた女性には定住化の問題が発生する。サーラーへの役割も、定住外国人とその子供たちの緊急保護と日本での自立支援に変わってきている。

 日本人男性と正式結婚しビザを持ち、子供は日本籍というケース。あるいは結婚届を出していないままに子供が出来て、母子で在留資格がないというケース。  

 いずれの場合も、同居していた男性の失踪や暴力が原因である。また、同国人同士のカップル破綻というケースもあり、男性が強制送還となった、あるいは別の女性を作った、居なくなったなどの理由でやってくる。

 しかし、不法滞在の外国人を両親に持つ子供が滞在資格を取得できる可能性は非常に少ない。

 どのケースにも共通していることは、現実に子供が生まれ、育っていることだ。彼らは、日本の普通の子供たちと何ら変わるところはない。子供たちが、日本で健全な生活をする権利は保障されなければならない。

 日本人男性と結婚した外国人女性の場合、家庭内暴力の被害は日本人同士の比ではない。結婚そのものの成り立ちが、人身売買の延長にあるからだ。

「異国で借金を背負わされて働く女性たちは、男性のちょっとした優しい言葉に釣られて恋愛関係に陥ることが多いんです。でも、知り合う場所自体から分かるように、男性の認識レベルが低いんですね。結婚して子供が出来ても、妻を性的暴力の対象にする例が多いのです」という。

 こうした緊急避難だけでなく、日本で生活する上での相談やアドバイスもまた重要である。母国語で相談したり、情報を得ることが出来れば、シェルターに駆け込むような危機的状況に陥る前に、解決の方法も見つかるからだ。

「私たちは、彼女たち一人一人が自立できるように支援しているわけですが、シェルターの活動は中途半端なボランティア精神では出来ません。相手が自分と同じ高さで喋っているか、上から見下ろしているかは、例え言葉が通じなくても敏感に分かるものなんです。外国語を使った国際交流という気軽な気持ちで来たボランティア希望の方のなかには、自分の生活と余りにもかけ離れた女性たちの現状にショックを受けて、続けられなかった方も少なからずいました」とサーラーのスタッフは説明した。

 日本人、外国人問わずシェルターに助けを求めてくる女性たちは、けっして特殊な存在ではない。社会構造のなかで運悪く底辺に行かざるを得なかっただけなのだ。

家庭内暴力は社会構造に原因がある(女のスペースみずら)

「みずら」は1990年5月、労働運動に取り組む女性たちが男女雇用機会均等法をきっかけに、身近な問題を解決するための相談室から始まった。どこにも自分の悩みを打ち明ける場所がないという女性たちの相談は「男女間トラブルや離婚問題、あるいはセクハラといったものが多かった」と代表の福原さんは語る。

「シェルターは意識的に始めたわけではないんです。人身売買の被害にあったタイ人女性の保護を依頼され、帰国まで預かったのが最初でした。そこからシェルターを作ることになったんですね。最初の2〜3年だけでも、約130人受け入れましたが、ほとんどが人身売買の被害にあったタイやフィリピンの女性たちでした」

 日本社会はこれを「出稼ぎ」と単純に捉えているが、実態は完全な人身売買だ。ウソの人材募集に騙されてきた女性が殆どだった。  

 もし、日本の女性たちが騙されて海外に売り飛ばされる事件が多発したとしたら、日本社会はこれを「騙されるほうが悪い」とばかりに放置しておくだろうか。外国人、しかもアジアの女性だから「関係ない」との意識が、社会の根底にあると言われても仕方なかろう。

「世の中が変わって男女平等といわれていますが、女性が男性の下に置かれている状況は同じです。みずらのシェルター利用者の大半は、夫の暴力です。ただ、今は女性が言える状況になってきたというだけですから、今後表面化する数が増えていくのではないでしょうか。

 家庭内暴力の問題は、社会構造にあるんです。男女の役割が違って当然という男性の言い分がありますが、女性も多様な生き方を選べる時代になって欲しい。でも、女性の賃金が低かったら、多様な生き方は出来ないでしょう。労働問題ともつながるんです」

 要は社会構造の問題なのである。

「みずら」で受け入れた女性が夫に殴り殺された事件があった。ところが、加害者側の弁護士だけでなく、裁判官が「被害者の方にも責任があるでしょ」という意味の言葉を口にした事実を、福原さんは重く見る。

 なぜならば、裁判官だけでなく公務員だろうが学校の先生だろうが、あるいは福祉相談員にしても「暴力容認社会」の一員だからだ。子供のイジメでも、「生意気なことを言うからやられたんだ」というような、加害者の親側に暴力肯定意識がある事実も判明している。

「力で押さえようという姿勢があるんですね。教育現場で暴力否定のトレーニングが必要です。そうしている間にも女性の意識はどんどん進んでいるんです。少子化問題も子供を産まない女性が悪いと言う前に、子供を安心して産める社会にしなければならない」と語る福原さん。

 県、市町村には福祉事務所もあるし、婦人相談員もいる。行政による法律相談なども行われている。だが、被害を受けた女性たちの支援には行政としての限界があり、「みずら」のように、どうやったら生活を立て直せるかといったきめ細かい支援活動には繋がらない。  

 暴力を受けた女性は、自分で動けない精神状態にあることが多い。その回復を助けながら女性の自立を促していきたいと、福原さんは言う。

人身売買の状況は改善されていない(女性の家「HELP」)

 日本キリスト教婦人会矯風会の歴史は100年以上になる。創立当初から人身売買問題にかかわり、全国の矯風会支部が駆け込み寺の役割を引き受けてきた。敗戦後の売春防止法成立にも大きな役割を果たしている。この売防法により、各県に婦人相談所が出来たことを受けて、矯風会はシェルターとしての役割を一旦は終わらせた。

 ところが、日本の経済成長とともに男性の売春ツアーが始まり、ついで女性たちが日本に連れ込まれるようになった。

「単に良い仕事があると騙して連れてきたんです。逃げる女性が続出しました。特に歌舞伎町なんかはすごかったんですよ。それで、アジアの女性たちを助けるために1986年、HELPを設立しました。女性たちは売春を承知して来たのではありません。100%人身売買の被害者でした。

 精神状態が変になった人もいましたよ。なかには、マニラ大学の理工学部を出た女性もいて、日本でコンピューターの仕事と言われて来たら、いきなり売春でしょう。

 今は国際的な批判が大きくなって入管も難しくなっていますが、状況が良くなったとは思えません。それどころか、数が少なくなったせいで、一人に背負わせる借金が高くなってしますし、人身売買が始まって10年も経つと、働かせる側に同国人がいますから逃げにくくなっています」

 HELPのディレクター、東海林さんが説明する。

 シェルターの受け入れ割合だけを見ると、人身売買サポートから家庭内暴力に移行しているが、その家庭内暴力にしても人身売買の結果としての結婚が殆どで、実質は変わらないと東海林さんは指摘する。

 人身売買は、地方のほうが酷い状況だという。HELPが受け入れたある女性は、地方の小さなスナックで8分毎に客を取らされていた。まるで養鶏場のケージに入れられて卵を産む道具と化した鶏のような扱いである。

「今の日本人はポルノなどで過剰刺激を得ていますからレベルが酷いのです。器具などを使った性的虐待で動物以下の扱いです。伊香保温泉から逃げてきた人の場合、外見は普通のスナックですが、奥の部屋に10人ぐらい入れられて、30分毎に客の相手をさせられていました。

 千葉では女の子たちが大きな車に乗せられて、寝泊りも車の中で、運転手が携帯電話で客と取引して宅配便のように送り込まれていました。もちろん運転手の上にはボスがいます」

 日本人は、アジアの女性が性虐待の犠牲になっている事実を知らなすぎる。現状は従軍慰安婦の時代と何も変わっていないのだ。

 東海林さんは続ける。

「日本には他国のように看護婦や家事労働者のビザもなく、あるのは不法な人身売買だけです。この国に人権を語る資格はありません。地方の場合、警察官や入管職員もグルという例もあります。

 ある女性など、逃げて警察に駆け込んだら、三万円持ってきたら助けてやると言われたそうです。それで、お金を用意してもう一度行ったら、ブローカーが捕まえにきたんですよ」

 東海林さんの目が思わず潤んだ。外国人女性の人権侵害は、日本女性とは質が違う。そして、需要がある限り、この状況は変わらない。

「普通のアパートのなかで、例えばあなたの隣でこうした事が今も行われているのです」という東海林さん。外国人だから、アジア人だからという二重、三重の差別構造のなかで、アジア女性に対する搾取は続く。



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