提起事項へのお答え 訂正申し入れについて

代表者委員長・中口寛継

ゼロ番地名称について訂正申し入れを頂きましたことについて、崇仁協議会では3月15日に役員会を開催いたしました。HPの「ゼロ番地」名称をどうするかについての話し合いです。

 当初、役員の意見としては「ゼロ番地」という名称のほうが河川敷問題を的確に表現しているとの意見が多数でした。ホームページをよく読んでいただいたら「ゼロ番地」の表現は40番地住民を侮蔑しているのではないことを理解していただけるとの意見もありました。

次に、河川敷に住む方々からお話を伺いました。すると「0番地と言われると、【不法占拠】住んではいけない場所に住んでいる最底辺の住民を意味するように思う。また、非常に暗く悲しい思い出が多いので、やはり40番地と言って欲しい」というご意見がありましたので、住民の意思を尊重して「40番地」に改めさせていただきました。

現在、40番地(河川敷)に残っている居住者は12世帯です。崇仁協議会に立ち退き問題などで相談がありましたのは5世帯です。その5世帯の人たちの話を聞いて、残っている居住者は9世帯と思っておりました。

このとき、40番地に行きまして一軒ずつ見て廻ったのですが一世帯で広い土地を占有しておられる方のところに物置があったり、また一軒に二世帯があったり空家があったりで、9世帯と勘違いしておりました。この点についてお詫び申し上げます。

さて、鴨川・高瀬川の西岸土手の東側は河川敷です。西岸土手の西側は国有地(河川敷ではない)で、そこに建っている家屋は登記されておりますので、京都市南東九条南松ノ木町61番地となっています。この国有地には家屋だけでなく工場もあり、約20世帯が住んでいます。

国有地の住民(61番地)は、1994年7月4日、行政の戦後責任を問うとして国有地払い下げを求めて所有権確認訴訟を起こしました。一審で敗訴し、控訴しております。国有地に住む人々も河川敷に住む人々も、その大半が朝鮮・韓国の方々です。

崇仁協議会では、この国有地に住む方々も出来るだけ支援していきたいと考えております。 現在、当会では、強制執行が確定した40番地居住者に対する最低補償を求めて、行政に対する抗議運動を行っています。参考のために抗議文をサイトで紹介しておきますので、よろしくお願いいたします。



 


ホームページに関するお問合せはwebmasterへ