東京三菱銀行との闘い

獄中よりの手紙


獄中の中口寛継があるジャーナリストにあてた手紙がある。最初にこれを、両者了解のもとで紹介する。

 拝啓
 炎天の日々でしたが、9月も末となりさわやかな涼風を感じる今日 この頃です。お変わりなくお元気で活躍のことと思います。

 さて、私は6月29日の東京三菱銀行・株主総会の当日、株主総会出 席禁止の仮処分に違反したとして逮捕されました。

 その10日前ほどから本店前でハンガーストライキをしておりました が、株主総会の前日に京都・崇仁地区よりバスで上京した32名の住民 株主と合流しまして会議を開きましたところ、委員長(中口)も出席 するということになりました。そこで6月29日の株主総会に出席しよ うとしたところ、本店前広場でガードマンともみ合いになり、そのま ま東京三菱銀行正面玄関内に2〜3歩足を踏み入れたところで逮捕さ れました。

 崇仁協議会の女性株主も本店内で女性ガードマンともみ合って2人 負傷しました。1人は骨折で、もう1人は全身打撲で、ともに1ヶ月 以上の入院となってしまいました。

 私は、逮捕後7月17日に起訴となり9月5日の公判で求刑10ヶ月、 9月14日の公判で判決6月末通算30日残刑5ヶ月で現在はあと4ヶ月 半です。

 独居房の壁に向かい静かに考えをめぐらせますと、東京三菱銀行と のここ3年半の阿修羅のごとき闘争が走馬灯のように思い出されます。 私は、改めて不退転の決意で望む覚悟をいたしました。

しかし私は、若い頃に道を踏み誤ったために悪い過去がありますし、勉 強もしてきませんでした。これを今更悔いても仕方ありませんが、この時 間を利用して自分を磨く勉強に取り組みたいと思っております。

 東京三菱銀行とのかかわりは、JR京都駅前3000坪、京都四条河原 町南2000坪、北白川仕伏町3000坪、北白川地蔵町53000坪、北白川中山 町300000坪の不動産取引報酬を、同和特別地区の指定解除のもとで再 生・開発・共生の町づくりを実現するための部落改善資金として東京 三菱銀行出町支店に預金していたことによるものです。この預金総額 は一時期156億円に達していました。

 ところが、平成3年7月に夏祭りの子供みこしを寄付するために預 金の払い出しを行おうとしたら残高が30万円しか残っていなかったの です。

 驚きまして、それからいろいろ調査したところ、崇仁協議会の知ら ない間に、通帳も届出印鑑の押捺も無いままに、チットブックと呼ば れる副支店長のメモ帳に相手のサインを取るだけで、預金者ではない 第三者に支払われていたことが判明いたしました。

 この資金は「崇仁協議会」と「崇仁の地域町づくりを進める会」の 役員・住民会員が、建物の所有者や地権者に対して何十回もの話し合 いや座談会、そして数回のシンポジウムなどを通して理解していただ き、崇仁地区への一般企業進出実現に向けて取り組んだ涙と汗の結晶 であります。

 「崇仁地区へ一般企業・会社が参入して来るようになれば、同和の 人も一般の人も同じ会社で働けるようになる。これまでは同和という ことで働く場所もなかったが、これからは混在が自然と実現して差別 もなくなり、すみやすくて活気のある地域を作ることができる」

 私たちは、そのように思ったからこそ住民一丸となって町づくりの ために無報酬で働いたのです。

 ところが、その資金が会計主任であった高谷知何の父・高谷泰三 (協議会の事務職員でもなく経営コンサルタント業者)と、東京三菱 銀行出町支店副支店長・木戸均により、勝手に複数の架空名義で預金 されたり、また高谷泰三を主とする8名の無権限者に不正払い戻しさ れていたのです。

 チットブックなるメモ帳は、一般的な銀行業務において預金払い戻 しの際に使用されることは無く、東京三菱銀行の他の支店でも作成利 用されてはおりません。つまり、正規の手続きではないチットブック による払い戻しは不当・不正ですので、私たちは東京三菱銀行に対し て再三に渡ってその具体的な払い戻し経緯とその理由説明を求めたの ですが、納得のできる説明は貰えませんでした。

 それならば、不正に払い戻された預金を原状回復して、改めて崇仁 協議会に返して欲しいと交渉しようとしてきたのです。
 しかし、不当なことに平成7年7月26日、崇仁の町づくりを進める 会の役員が、近畿財務局京都出張所に行った帰り、ピストルで重傷を 負わされ、しかも同年8月2日には崇仁協議会顧問で代理人の井尻修 平氏が東京三菱銀行出町支店へ交渉に行った帰りにピストルで殺害さ れました。

 この犯人である山口組系組員に対して、東京三菱銀行出町支店の木 戸副支店長が3000万円の大金をチットブックに本人のサインのみで払 い戻した事実があります。このチットブックに書かれている暴力団員 のサインは、私どもが依頼した筆跡鑑定で本人の自筆との鑑定が出て います。

 東京三菱銀行は、なぜ暴力団員に3000万円もの大金を払い戻したの か、このことについて東京三菱銀行からは何の説明も無いのです。

 東京三菱銀行との交渉をお願いしております2人の弁護士の先生か ら、東京三菱銀行に対して対話の場を持つようにと口頭およひ書面で 幾度となく要望してきましたが、いまだに対話の場を持つことを拒否 されているのです。

 東京三菱銀行の代理人弁護士・宮崎乾朗先生は民暴専門の弁護士と して全国的に有名な方だそうで、3年間引き続いて崇仁協議会と崇仁 地区住民に対して暴力団と同じ扱いと技術で対応されています。

 宮崎先生は、崇仁協議会の一部役員(前)にわずかの金銭を裏金と して渡すことを約束して、崇仁協議会の組織分断と住民の離反を計っ たりしておきながら、私どもの預金払い戻しに関する要望や弁護士先 生との話し合い要請はいずれも一蹴されました。こうした戦法を自己 の手柄とするのが、民暴専門弁護士の手法と思わざるを得ません。

 しかし、崇仁協議会と崇仁地区住民は決して暴力団ではありません。 雨の日、風の強い日、寒い日でも多くのお年よりが幾度となく要請抗 議運動に参加しており、70歳を超える方も10数人おりました。確かに 私どもは、経済的・法律的な知識にうとく、プロの方から見ればどの ようにでも好きなようにあしらえるかも知れません。

 私たちに対する間違ったイメージをでっち上げ、崇仁協議会を加害 者に仕立て上げるのは、民暴専門の弁護士先生にはいとも簡単なこと だと思われます。私たちの無知を逆手にした東京三菱銀行の依頼弁護 士は「部落民は人に値せず、日本の国民でもない」との思想であり行 動であると思わざるを得ません。

 だから崇仁協議会は、3年間に7回のハンガーストを行い、東京三 菱銀行と依頼弁護士に対する抗議を行っているのです。これが、真夏 を中心に56日間、寒中に30日間ものハンガーストを行ってきた理由で す。

 以上、東京三菱銀行とのかかわりを陳述書で述べております。私は、 今回逮捕された責任をとり、代表者委員長を辞任いたしました。9月 11日に崇仁協議会臨時総会が開かれて、私の辞任は可決されました。  

 来年2月半ばに服役を終えて社会に復帰をいたします。今後ともな にとぞよろしくお願いいたします。随分と涼しくなり季節が変わりま す折柄、くれぐれもご自愛ください。

           敬具
平成12年9月29日